西粟倉・森の学校・村の地域商社が生む、人と木の生態系。そして新時代の幕開け

「百年の森林構想」を掲げる西粟倉村の、86%を占める森を主軸に、地域のブランド力を高めてプロデュースする地域商社、西粟倉・森の学校(以下、森の学校)。その代表取締役社長が変わります。牧大介さんからバトンを受け取るのが井上達哉さん。25歳で西粟倉に移住してきた青年が、地域の未来を背負って立つことを宿命付けられて生まれた会社をゼロから売上2億円の会社を育てあげ、31歳になる3月28日に社長就任。その道程は美しくも輝かしいサクセスストーリーかと思いきや、挑戦者たる所以の悲喜こもごも。しかし、その物語を丁寧になぞると、森の学校の新たな未来が透けてみえてくるのです。

株式会社 西粟倉・森の学校(井上達哉)
聞き手・文=浅井麻美(ココホレジャパン

● 牧さんを解き放つことを考えた時、自分が社長になることの使命を感じはじめました

-森の学校がまた新たなフェーズに入りますね。

はい。とはいえ、牧さんは『代表取締役校長』として、これからも僕らと一緒にやっていきます。僕は『代表取締役社長』としてそろばんを握り、牧さんは『代表取締役校長』として夢とロマンを抱いて移住・起業支援を中心に行なうと役割分担を明確にしました。

-「社長にならないか」と打診されたときはどう思いましたか?

何度か軽いノリで「社長やる〜?」って言われていて半信半疑、昨年冬に正式に打診されて「やらなきゃいけないな」って率直に思いました。というのも、2014年夏に東京で開催されたセミナーへ参加しました。そのセミナーで、主催者だった『ETIC.』の代表理事である宮城さんに「森の学校は早く牧さんを開放しなきゃいけないよ」って言われました。「牧さんは、他の地域も含めて、日本の社会にソーシャルインパクトを起こす人だから、森の学校は井上さんがしっかりしなきゃいけない」と。

-そしてそのセミナーで発表した最終プレゼンテーションが…

inoue2 『牧大介殺人計画』。この人を森の学校から抹殺します、というプレゼンテーションをしました(笑)。もちろん実際に殺す訳ではないんですが『豊かな日本の地域をたくさん増やすためには仕方のないことです。ただし笑顔で死んでもらいます』と銘打って、牧さんがいなくても安心する仕組みづくりを会社として目指すこと。森の学校の会社理念である『喜びを分かち合える地域をつくる』を社員に浸透させることなど、緻密に『殺人計画』を立てました。こんなふうに牧さんを解き放つことを考えた時、自分が社長になることの使命を感じはじめました。

-そんな牧さんは森の学校にとって大きな存在ですよね。井上さんにとって牧さんはどんな社長ですか?

maki08社会起業家と呼ばれる、第一世代で、地域の持続的な仕組みを作ってきたというよりは『風潮』というか、地域の可能性を引き出して未来をみせてくれた人じゃないかと。だから、実は本当にやり残したことがたくさんあって、もっと具体的なことをやりたいって思っているはずです。本気で日本の地域をなんとかしたいんだな、と端々から伝わります。あと自分でもよく言っているけれど、「人に厳し過ぎる」と。人に対してはとっても不器用な人なんです。もっと素直になったらいいのにと思う時があります(笑)。

-森の学校は『起業家を輩出すること』もミッションのひとつですが、井上さん自身、起業しようとは思わなかったんですか?

元々は起業したいと思って森の学校に入社したし、今でもそう思っています。去年、起業した大林由佳(元・森の学校社員/現ablabo.)らが羨ましい、って思います。本当に。なのに、みんな、そそくさと森の学校から居なくなってしまう。そして、牧さんまでそそくさと居なくなってしまおうとするから、「ちょっと待て」ですよ。

-起業したいという気持ちと社長として会社を背負う、相反する二つの気持ちに折り合いをつけて社長に就任することは、容易ではなかったと思います。

取締役になったとき、経営者ではないけれど責任は重くて、しかも森の学校には自分一人しか営業する者がいないのに「起業するので辞めます」って、こんな無責任なことないですよね。目の前の仕事をほっぽり出して、自分の好きなことをするっていうのは、僕の性格上難しかったんです。今考えたら、僕が森の学校の経営者になるっていう環境を着々と作られていたような気がします。

-端からみると、凄まじい英才教育を受けているなと感じていました。特に2012年と2013年。色々な事業を並行してチャレンジしていた時期でした。そして従業員もたくさん抱えていた。

2012年と2013年は本当に辛かった!2012年、お金がなくて、毎日のように牧さんと喧嘩していました。ベンチャー企業なのにやたらすぐには儲からない事業ばかりで。もう明日の給料も払えないかもしれないのに、会社の雰囲気は悪かったですね。いますぐにでも、一つの事に特化して、社員全員で営業にいかないと、必死に会社を維持しないと今やっている色んな事と一緒に沈没してしまうぞ、それくらい厳しい状況だった。なのに会社は僕にだけプレッシャーをかけてくるわけです。「がんばらないと会社がつぶれるよ」って、なんで僕を脅迫するんだろうって(笑)。僕が悪いみたいじゃないか、って、そこは人間不信に陥りました。でも、当時、一番身を切っていたのは、社長である牧さん自身。今思えば、辛さを共有したかったんだろうと思います。


● 社長として、森の学校のいる間は、とにかく新しい国産材市場を創造していくことに力を入れたい

-井上さんは元々、大学で林業を学んで、木材に携わりたいと西粟倉へ移住しました。西粟倉の『百年の森林構想』の中核を担う会社の社長に就任することになって、どんなモチベーションを持っていますか?

森の学校を6年やってきて、大変だったけれど充実していました。そしてまだまだ未完成な会社です。大学時代から国産材をどう流通させていくこと自体に興味がありました。いわゆる「国策」ではくて、民間企業が魅力的な商品を届けることで、国産材の自給率を上げていくことが森の学校ならできると思っています。会社を大きくしていく、というよりは、森の学校なら国産材をたくさん使ってもらえるような市場を開拓できるんじゃないかと思っています。社長として、新しい国産材市場を創造していくことに力を入れて、全国の林業地域にまで影響していけるような魅力的な産業にしていきたいです。

-新しい市場といえば、この『ニシアワー』のサイトも変わりました。eコマースサイトは『みんなの材木屋』にリニューアルしましたね。

inoue3みんなの材木屋』を新しく作ったのは、個人向けに材料を供給できないかなと考えたからです。最近、若い人達の中で「セルフ・リノベーション」が流行ってきていますよね。都会で賃貸暮らしをしている若者が自分達らしい暮らしを模索している動きがあります。既成概念にとらわれずに欲しい暮らしを自分でつくっていく人達へ、国産材を供給できる材木屋の新しい形ってなんだろうって考えながら運営中です。大工さんや業者さんだけではなく、自分でつくる人のための材木屋です。『みんなの』という意味には、一般のお客様も含めた全てのユーザーへ届けたいという想いと、日本全体の地域の森から国産材を届けたいという想いが込められています。『材木屋』というインターフェイスを使って、森づくりと暮らしづくりをつなぐことができたら面白いな、そう願いを込めて、『みんなの材木屋』という名前にしました。また『材木屋のレシピ』っていうコーナーがあって、木を使うための提案書みたいなものを増やして行けたらいいなって思っています。

-ただ木を売るというよりは、木があるライフスタイルの提案をして、みんなにそんな生活を啓発していきたいという気持ちなのでしょうか。

まず自分たちが、ここにある木を使って暮らしをつくることが、お手本になることです。とにかく楽しく木を使って暮らすってことを僕らが率先して思いっきりやることで、同じく自分でつくりたいと思っている人達がみて手を動かしたくなる。そうすると、自然と森と暮らしの間に木の流れができてきます。

-西粟倉の間伐材が全国に流通した立役者であり、森の学校の人気商品『ユカハリ・タイル』は井上さんが考案されたものですよね。

自分(井上)が開発プロジェクトの責任者でしたが、製造スタッフが苦労をしながら試行錯誤を重ねてきたことが大きかったです。置くだけの無垢材の床の開発とあって、反ったり縮んだり変形する木材に本当に苦労しました。ほとんどが木のことを知らない素人で始めた会社だったこともあるのですが、常識にとらわれない自由な発想ができたことが、新しい商品を生み出すことにつながったと思います。

-床を貼るって、普通の概念だと工事というくらい大掛かりなものですよね。

フローリングを四角くしてタイルみたいに「置く」くらいの気軽さじゃないと、「誰にでもできる」と思ってもらえません。賃貸でも工事しなくても無垢材のフローリングで暮らせる。暮らしの自由を求める人達がいるんだと感じていましたし、そういう人達に届く商品を作ればいいんだと。

置くだけで無垢材のフローリングになる「ユカハリ・タイル」

置くだけで無垢材のフローリングになる「ユカハリ・タイル」

-ユカハリ・タイルを商品化した当初、お客さんの反応はどうでした?

西粟倉の取り組みを応援したいと思ってくれている方が購入してくださっていました。でもその頃のユカハリ・タイルは今のものと比べると品質はいまいちで、自分達の中ではこれでいい、って思っていたけれど、お客さんからしたら不安だったと思います。初期に、お客さんのところにユカハリにしに行ったときのことです。喜んでくれているけど、なんとなく顔が引きつっているんです。でもお客さんは林業や地域を再生していく、そういうところに共感してくれてユカハリ・タイルを買っているから、「文句を言っちゃいけないんだ」っていう雰囲気を感じたんです。

-森の学校の取組み自体に共感してくれているけれど、商品自体に共感を得られていないということですね。

良い取り組みだけでは長続きできません。心から喜んでもらえる商品やサービスを提供して初めて、地域の魅力が伝わります。自分たちさえ良ければいいというのでは、本当の意味での六次産業化はできない。それでも、お客さんからの声を直接聞くことができたことは、より良いモノづくりをしようという意識が芽生えました。社員一丸となって死にものぐるいで開発して、今の品質まで持って来られるようになりましたし、今では自信を持ってお届することができます。これからも、もっと良い品質を求めて開発していくと思います。

-元々、品質のよい国産材ですから、それをユーザーニーズに合わせて商品化して、木材を流通させ、それによって森も元気になるし、お客さんも気持ちよい木の生活が送る事ができる。みんなハッピーですよね。

そうです!そうそう、最近嬉しい事がありました。3年前、ユカハリ・タイルを買った人からメールがありました。「ユカハリ・タイルで無垢の床が気持ちよかったから、今度家建てるときにフローリングをちゃんと貼ろうと思うんです」とおっしゃっていただきました。まさに「キターーー!」です。本っっ当に嬉しくて、嬉しくって。無垢の床を一回体験した人って、その良さがやめられなくなるんですよね。気軽に無垢の床で、タイルのように置いて、過ごしてみたら、いつの日か、自分の理想の家を作る時に無垢の床を選択してくれるんじゃないかってずっと思っていたので、それが結実したことが本当に嬉しかったです。

-ユカハリ・タイルは、リノベーション界の重鎮達にも重宝されていますね。

inoue6 メゾン青樹の青木純さんに使っていただいたことは大きいですね。青木さんは「大家さん」です。大家さんが自分の物件を借り主さんと一緒にカスタマイズして貸す『カスタマイズ賃貸』をはじめられまして、その物件の床材としてユカハリ・タイルを採用してくださいました。賃貸住宅で無垢材を導入できるなんて画期的で「賃貸でも手軽に無垢材を楽しんでもらいたい」と僕らがずっと妄想していたことを、現実のものなりましたし、ユカハリを取り入れて素敵な暮らしを実現してくださっています。

-最近ではアスクルのオフィス総床面積1,250平方メートルにユカハリを導入したそうですね。

オフィスを国産材の床にするのも目標の一つです。これから、日本は人口減で新築は建たなくなっていきます。だから、既存で新しい市場を見つけないと国産材自体の流通量が減ってしまうし、そして間伐が進まなくなって木が大きくなり過ぎてしまい、森が荒廃してしまう。そう考えると、外材を国産材に変えていくというよりは、いま現在、木が使われていない部分を木にしていくほうが早いんじゃないかな、と考えています。現在、日本のオフィスの総面積は78億平米あると言われています。それを全てユカハリにしたいですね。これぞ総ユカハリ宣言です!

アスクルの床は白いユカハリ・タイル。土足でも汚れがつきにくいように塗装が施されている。

アスクルの床は白いユカハリ・タイル。土足でも汚れがつきにくいように塗装が施されている。



カフェなど商用店舗にも重宝されているユカハリ。

カフェなど商用店舗にも重宝されているユカハリ。



-他にも『無印良品』と森の学校のコラボレーションなど、色々仕掛けています。

面白そうことは絶対にやります。会社が赤字だったとしても、可能性は絶対担保しておきたい。経営リスクを考えますが、「稼げる」だけじゃ動きません。儲かるか儲からないか、というよりも、自分が、面白いか面白くないかと感じるかどうかで判断したい。あと、いかに、企画を自分ごとにできるかってことが凄く大事です。

-挑戦を繰り返してきた井上さん。経営者として新たな挑戦していくことはどんなことでしょう。

個人の方へ1本からでも木を届けられる材木屋を目指す。がひとつ。西粟倉以外の国産材をがんばって使っている人達と一緒に商品開発をしていきたいと思っています。西粟倉でもやれているんだってことで、他の地域で林業をやっている人達に刺激を与えたい。

もうひとつは、そして社員ひとりひとりに、たくさんの経験をさせてあげること。挑戦をする姿勢やビジネススキルを積んで、森の学校を卒業して起業するスタッフがもっとたくさん増えればいいと思います。森の学校は、起業家を育てるところでもあるから、学校で好きな事をみつけて巣立って行く分には全然かまわない。やりたい事が見つかったら、「がんばれよ」って笑顔で送り出せる、そういう雰囲気をもっと作りたいです。

-それはそれで、森の学校としては、人材が流出して会社の成長に繋がりづらい部分もあったりしませんか。

サカポン(森の学校スタッフ/坂田憲治)みたいに、ずっと会社に寄り添ってくれる社員もいます。サカポンの成長はすごいんです。彼はここで働き暮らしていくと言ってくれています。卒業して新しく自分の会社を立ち上げる人もいれば、会社のことが好きで支えていきたいって思ってくれるスタッフがいるので大丈夫なんです。うちの会社は「こうやると地域って面白くなるんじゃないかな」とか「こうやったほうが、この地域にとってより魅力が深まるんじゃないか」ということを考えることのほうが好きな人が多い。誰かに喜んでもらえることが大好きなんです。


● モットーはバランス。僕が架けた橋を一緒に渡りたいというならば

-そんな井上さんのモットーは「バランス感覚」と伺いました。これからどんなバランス感覚で森の学校を舵きりしていくつもりなのでしょうか。

牧さんは「地域にとって大切なこと」を常に念頭に置いて動いています。そこはずっと変わらないです。ただし、会社にとって短期的にプラスになることばかりではない。その辺は僕がバランスを取りたいと思っています。僕が森の学校に入った当初は、やりたいことを爆発させていたけれど、いまはすごい冷静です。むしろ解き放たれた牧さんがやりたいことを謳歌していると思う。様々なアイディアを「こんなんどう??」って訊いてくるけど、森の学校の立場として一度咀嚼して考えて切り返します。牧さんは、どちらかといえば、地域に入ってきてもらう、そして地域の中で貨幣経済に依存し過ぎず、豊かに暮らすということが主観にあります。僕は、地域の資源に付加価値をつけた商品やサービスで地域外から外貨を稼ぐかってことが主観。その役割分担で、喧嘩しながら進んで行きます!

-それって、最強な気がします。では、経営者としての井上さんが思い描く『5年後の森の学校』はどんな姿でしょう。
inoue8 もっと “中途半端”な社員が増えていてほしいです。本来、社員みんな田舎が好きだから、こういう仕事をしているわけです。田舎暮らしを満喫しながら、仕事もする。美味しいとこ取りができる環境ではあるんです。牧さんと僕がやっていることを足して2で割った暮らしかもしれないですね。欲を言えば、自分たちが楽しく暮らしていることが会社にとってプラスになっていることが理想です。今はみんな仕事に突っ走っていますけどね。なので、たとえば、サカポンが結婚して子どもができて、8時に出社したら、15時には退社して、家で子育てして、農作業やDIYをすればいい。そんなライフスタイルに憧れて、遊びに来てくれるひとたちが増えて、木買ってくれるひとたちが増えて、…そんないい循環が生まれることが理想です。仕事なのか、遊びなのか、暮らしなのか。どの言葉が適切なのかは自分が決めればいい。

僕にとって、ユカハリの仕事もそれに近いんです。自分自身が楽しいから、やっている事自体が仕事なのか遊びなのか曖昧です。「ユカハリやりたい」と言ってくれていること自体が嬉しいし、木材じゃなかった床に国産材の床を貼れるわけだから、それ自体、とても幸せなこと。遊びの延長に働きがあって、働きの延長に遊びがあります。そんな生き方がニシアワー自体の生態系を豊かなものすると思います。同じ職場で働く人たちが、豊かなに暮らして生きている実感を感じながら働けるようになると嬉しいです。

-以前、井上さんから、経営者としての牧さんについて、『石橋を叩いて渡る』ということわざをもじって『石橋の上に虹の橋を架けて、その虹の橋を渡らせる』と教えてくれました。経営者になった井上さんはこれからどんな虹の橋を架けるのでしょう?

牧さんは、「あっちに面白い未来がある」って夢とロマンでありもしない虹の橋を渡らせますけど(笑)、僕の場合は、僕の架けた虹の橋を渡りたそうにしている人に「渡ってみろよ」くらいの感じで背中を押せる立場になれたらいいなと思います。背中を押すことにも責任があります。だから虹の橋から転げ落ちたとしても、助けます。違う虹の橋を架けたいっていう人が出てきたら応援します。

そして、僕が架けた橋を一緒に渡りたいというならば、「渡るって言ったよな?」って釘をさしながら、手をつないで、渡りたいです。

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