酒うらら・おいしい酒でみんなを元気に!酒屋と出張バーで、場所もジャンルも、自由に飛び越える

これまで出会った「地域おこし協力隊」の中で、最も異色といえる人、道前理緒さん。西粟倉・森の学校(以下、森の学校)で「酒うらら」というマニアックな酒屋を営み、週に2回ほどはさまざまな場所へ出かけ、「出張日本酒バー」を開催。その酒のセレクトは、つくり手の想いにしっかりと触れたからこその深みが魅力です。しかし、ともすれば通の楽しみに終始してしまう酒の魅力を、楽しく伝えていくのが道前さん流。さまざまな人、場所、ジャンルとコラボレーションするモチベーションの根底にあるのは、「酒でみんなを幸せに」という想い。たまたまた行き着いたという西粟倉だからこそ、どこまでも自由に、楽しい世界をひらいています。

酒うらら(道前理緒)
聞き手・文=小野民(onotami.blog.jp
写真・編集=玉利康延(tamalog.me


● 酒好きが高じて「酒の仕事」を志す

– 道前さんがなぜ酒屋になったのか、西粟倉に来たのかというお話をうかがいたいです。酒屋というとチェーン店か町で代々営まれているお店を想像しますが、道前さんの「酒うらら」はどちらとも全然違います。

道前:もともとは、八百屋になりたかったんです。大学では森林科学という、森林のことをマクロからミクロまで学ぶ学問をやっていましたが、結局森林とは関係ない、無人販売の研究をしていました。おもしろかったですよ。無人販売をひたすら調べるんです。マッピングしたり、分類したり。それで、農家の人が喜ぶ仕事をしたいから、八百屋になろうと思ったんです。でも、いきなり八百屋にはなれないから、最初は畑付きの家を販売する「エコ村プロジェクト」というプロジェクトをやっている滋賀県の会社に就職しました。それが2007年のことです。

– なるほど。そんな仕事もあるんですね。そこで西粟倉に来るまで働いていたんですか。

道前:いいえ。ずっと地元の島根県に帰って働きたかったので、エコ村プロジェクトの会社は2年で辞めて、地元に帰りました。

– そのときは何をすると決まっていたわけではなく・・・

道前:そうですね。なにも決まっていなかったけれど、八百屋の夢は持っていました。だから、次は日本各地の田舎を見ようと思って、地元のとある会社に入りました。そこは、小さい役場向けのシステム開発をして売っているところ。営業職として入社し、いろんな地域を回っていました。その会社には2年半くらいいたんですが、その間、日本全国で酒に触れて、どんどん酒の世界にのめりこんでいったんです。


– お酒は昔から、好きだったんですか。

道前:大学生のときに、ひょんなことから蔵に取材に行かせてもらって酒造りを見て、つくり手と出会ったのが好きになったきっかけです。酒造りのすべてが楽しかった。そのときは、1週間泊まり込みで蔵にいたので、つくり手の想いにも触れるおもしろさにもはまってしまいました。島根での会社員時代はかなり飲み歩いていたので、飲食店の人たちとも仲良くなり、その縁で蔵にも連れて行ってもらっていました。さらに、いろんな地域に仕事で行くから飲める酒の幅も広がって…。どんどんどんどん酒が好きになり、「もう酒の仕事をするしかない」と思い始めました。

– 2009年から2012年まで営業をやっていて、酒の仕事をする決意がだんだん固まってきたわけですね。そこから西粟倉で酒屋をやるには、どういう経緯があったんですか。

道前:知り合いだった森の学校の牧さんに、「村で酒屋しない?」といわれて。そんなに頻繁に連絡をとっていたというわけでもないのに、いきなり連絡が来たんです。「西粟倉に酒屋があったらいいなと思うんだけど、まぁ仕事をやめるとか無理だもんね」みたいな独り言チックなメールが来て(笑)。それが、私がちょうど仕事を辞めようとしていたタイミングだった。

– すごいタイミング。それに、お酒に関する仕事をしようとしていたんですよね?

道前:でも、酒屋という選択肢はなかったです。酒屋って儲からないし、利益率がすごく低いんです。私が考えていたのは日本酒のバーだった。冷静に考えたら、西粟倉のような場所で酒屋をやるのはまず不可能。でも、その不可能を可能にするとしたら、私しかいないと勝手に思い込んで、やってやろうと。根拠はないです。だけど、私はすごく酒が好きだし、私にできなかったら誰もできないだろうと。

– それが地域おこし協力隊として、だからおもしろい。面接があると思うんですが、どんなことをいったのでしょうか。

道前:牧さんが、地域おこしの募集をするみたいだからそれに応募してみたら、と。なので酒屋の企画書を書いて、役場の人にプレゼンして、「いい酒飲んだらみんなが元気になるから、地域も元気になります」的なことをいったんです。そしたら、「こいつ頭おかしいやろ」みたいな雰囲気になったけれど、結果的にはおもろいから採用となって(笑)。2013年の7月から西粟倉に暮らしています。

– いろんな地域で地域おこし協力隊に会ったことがあるけれど、道前さんが今まで知っている中では一番異色です。

道前:そうだろうと思います。私は結局、地域おこし協力隊で採用されなくても、勝手に酒屋を西粟倉でするつもりで腹が据わっていましたから。地域おこし協力隊としてお金をもらえるのはありがたかったけれど、あくまでも酒屋に挑戦しようという気持ちが先にありました。



● 酒屋とバーの二足のわらじ

– 酒屋と日本酒バー、どちらもやるというスタイルは、西粟倉に来る前から構想していたんですか。

道前:最初は酒屋と日本酒バーを固定の店舗でやろうと考えていました。でも、事業計画で収支計算をしたら、毎日20人くらいの人が来ないと収支が合わない。この村でそんなの500%無理なんです。西粟倉への引越しの準備をしつつ事業計画を立てているときに、我が家に日本酒のストックが30本くらいあって、これをはかさなくちゃと思ったことが転機になりました。どうせなら日本酒バーを臨時でやって、引越資金にあてようと思ったんです。

– それが、今のスタイルの原点なんですね。

道前:そうですね。「秘蔵の酒を放出しますよ」とFacebookやメールで友人達に呼びかけたら、すごく人が来て、正直、儲かりました。友達の店を借りて、地元の島根でやったんですけど、その繁盛っぷりに可能性を感じたんです。西粟倉だけでは成り立たなくても、いろんなところに出張して日本酒バーをやったら、1回に20人くらい集められるかもしれないと希望が湧いてきました。実際に続けてやってみて、こんなにあたるとは思っていませんでしたけどね。潜在的なニーズがあったんでしょう。おいしい酒って、田舎だとなかなか飲めないんです。

– では、西粟倉に来るときに出張日本酒バーと森の学校にある酒屋の店舗でやっていこうと決めていたんですね。

道前:はい。出張日本酒バーについては、西粟倉村の周辺は恵まれているんです。たとえば鳥取にはIターンやUターンをしてきて、お店やゲストハウスをやっている年の近い子たちが結構います。そういう子たちと組んで、イベントをやってこれているんです。

– 出張日本酒バーはどのくらいの頻度でやっているんですか。

道前:週2くらいで、カフェやゲストハウスで開催することが多いです。日本酒を15本くらい持っていって、お酒は全部私が売って、食べ物はそこのお店でつくって出してもらいます。

– 週2とは、思ったよりも頻繁で驚きました。

道前:この週末は3連ちゃんでしたよ。最近は知名度が上がってきたのか、遠くから呼んでもらったりすることも多いです。約20カ所でやっていて、季節ごと、1年に4回しかやらないところもあるし、毎月やるところもあります。東京で開催したこともあります。



● 土地に縛られないからこそ、その土地の可能性が生まれる

– 森の学校にある酒屋はやってみてどうですか。

道前:お店は宣伝を全くしていないので、口コミか偶然しか来る手段がないんです。だけど、口コミが一番いいお客さんを連れてくるから、それでいいのかなと。まだお客さんは少ないけれど、少しずつ増えています。ここは、出張日本酒バーの倉庫の役割りもありますから、店頭であまり売れなくてもなんとかなっています。

– 店を見ていると、お酒の紹介の仕方も独特で、選ぶ楽しみがあります。お酒のラインナップにはどういうこだわりがありますか。

道前:この人のつくっている酒が売りたいと惚れ込んだ人の酒を売っています。地域にこだわりはないですが、西日本の酒が多いです。東と西の酒って全然違う。東北の酒は香りが重視されていて西は香らない。個人的には、ごはんを食べるときに、香りはいらないと思うので、西の酒が好きなんです。いい材料を使ってきちんとつくって、当たり前のことをちゃんとしていることも大事。それと、「自分の蔵のつくりたい酒」がちゃんとあるところのものを選んでいます。

– そういう「想い」のような目に見えない部分をどうやって判断するんですか。

道前:話せば分かります。逆にいえば、直接話したことのある人のお酒しか売っていません。なかなか、これという酒に出合うのは難しいんですけどね。これまでの蓄積の中でのベストが酒うららには並んでいます。

– これから西粟倉でやっていきたいこと、目標はありますか。

道前:水がきれいだからきっといい米もできるし、この村の米で酒をつくりたいです。やるなら絶対にいい米でつくりたいから、同じ想いの生産者が見つかるまでは、酒造りはしません。ゆっくり出会いを待てばいいかなと思っています。実は、私は西粟倉という場所に強い思い入れがあるわけではありません。酒がすごく好きだから、たくさんの人に酒をもっと飲んでもらいたい気持ちが原動力だし、やりたいこと。お酒を飲むことは、本当にいろいろなことと組み合わせられるから、もっとたくさんの場所に出て行きたいです。たとえば、本屋さんに酒があってもいいですよね。お酒との接点がなかった人にも日本酒の良さを知ってもらえるように、いろんな人にとって、興味のある切り口を探って酒で攻めていきたいな。

– いろんな人の興味とお酒をつなぐ接点に道前さんがなる。その組み合わせを探求していくということですか。

道前:私が探求するというより、私が「この人となにかやりたい」と思える出会いを大事にしたい。いろんなおもろい人に出会いたいなと思っています。いい意味でこいつ変態だなって人で、がんばっている人が好き。場所を限定せずに、幸せに酒が飲める人が増えるように活動していきたいです。

– 最近注目している酒と何かのコラボはありますか。

道前:みんなで深夜にテレビゲームやって、クリアするまで帰らない!とか、ガチでやっているバーがあるんですけど、そういうばかばかしいことっていいなって思っているんです。酒の会ってともすればかたくなりがちで、提供する側は説明して、聞く人はメモを一生懸命取っちゃったりする。だけど、そんなんじゃなくて、いい意味でばかばかしい日本酒バーがしたいなと思っています。今計画しているのは、恋バナバー。みんなで恋バナをして、それに合うお酒を私が選ぶ。

– それは楽しそう。ぜひ参加したいです。自分の恋バナに一体どんな酒が用意されるのか、みんなすごく興味があるだろうなと思います。

道前:ですよね。そんな風に考えていったら、何でもできるんですよ。お酒っていろんな味があるから、何にでも例えられるし、合わせられる。好きなお酒のタイプで選んでもらうこともできるし、気分によって、じゃあこういう酒が合うかもねって選ぶこともできる。人に例えることも多い。お酒の持つイメージの力で、酒の世界をぐいぐい広げていきたいです。

– 西粟倉にはどのくらいいる予定ですか。西粟倉にこだわりがないのなら、地域おこし協力隊の任期が終わったら、どこか違う場所へ行く予定なのでしょうか。

道前:お店も出しちゃったし、ずっといる予定ですよ。私はひとつのところにいるタイプじゃない。だから逆に、西粟倉は1つの拠点で、地元にも月1回くらいは帰ってなにかやっているんです。何個か拠点はもちたいなと思っているんです。ここに今住んでいるけど、出張バーをやっていると月の半分くらいはいない。でも、だからこそ西粟倉でおもろいことをやろうと思えるんです。

– 西粟倉で今やりたい、おもしろいことってなんですか。

道前:ピクニック酒をやりたいんです。いろんなところに行って、昼間からうまい酒を飲むんです。せっかくいい川や森があるから、この中で酒を飲んだら気持ちいいだろうと想いをはせています。星もきれいだから、夜のピクニックもいいなぁ。春夏秋冬で違うと思うんだけど、田んぼの中でもいいし、川に足を浸しながらもいいし、火を焚いて燗をつけながらとかでもいいでしょう。店の中で飲むとは違う、この土地ならではの楽しみ方ができるだろうと、西粟倉の景色を見ているとわくわくしてくるんです。

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